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 現場の子ども達の声をどう教育に活かすか   

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全国の高校で生徒に必修科目を履修させていなかったことが相次いで明るみに出ている問題で、学校現場の言い逃れに業を煮やしてか、とうとう現場の高校生が学校告発の声をあげた。毎日新聞に「時間割では『世界史』となっていたが、授業内容は『現代社会』だった」と「告発」の投書を寄せたのである。高校生は「きちんとした説明がないのが気に入らない。『教育は人間形成のため』と言っておきながら、受験の結果を出すためには何でもやっていいというのは矛盾している」と学校側の姿勢に不信感を示している。受験至上主義のなせる業である。

伊吹文明文部科学相は27日の閣議後会見では「卒業証書を渡すまでに、決められた時間の授業はするべきだ」と、現3年生の卒業に特別の救済措置を取るのは困難との考えを示していた。ところが、28日になってから政府・与党では、卒業を認定する校長の裁量権を特例的に拡大し、リポート提出などを条件に補習時間を短縮する案が浮上した。さらに29日には、救済策として(1)3単位以上の科目について単位数を一部減らせる「減単」制度を活用する(2)4単位の必修科目について同じ教科の2単位科目への振り替えを認める――などの対応を検討し出した。そして11月2日、文部科学省が最終的な「処理方針」を決めた。(1)70コマ(2単位分)までは、校長の裁量で50コマに削減して補習することができる(2)70コマを超える場合(3単位以上)は、70コマ補習し、残りのコマ数はリポート提出などで補うという。学習指導要領は変えないまま、校長に認められている裁量権を最大限に活用するのだという(朝日新聞から)。

必修科目未履修の高校は、文科省の調べでは、国公立・私立合わせて5408校のうち5406校まで調べた時点で、計540校、8万3743人に及んだ。全高校の約1割で履修漏れがあったことになる。それらの高校生が「卒業できないかも」と不安に駆られている現実があり、大人の側の姑息な手段になるが、該当する高校生達を救済しないわけにはいかないだろう。だが、それで問題が解決するとはとても思えない。大人の都合主義に翻弄された高校生に非はなく、同情の一語だが、結局また大人の表面上の取り繕いに乗らざるを得なくしたということは、高校生達に謝罪してもし尽くせるものではない。姑息な受験手段をとった教育関係者は高校生達の心情を踏みにじるだけでなく、大人の汚い手法に否応なく高校生達を引きずり込むことで有無を言わせずにその無垢な手を汚させたのである。この罪は大きい。

これは学校だけの問題ではない。教育委員会を含めた教育行政そのもの、教育システムそのものの問題でもある。ところが、「5年間もいじめ報告ゼロ」に見られるように、学校や教育行政は--いじめの問題もその一つだ--隠蔽を図り、あたかもなかったかのように扱おうとする。現場は見ず、ただ見かけの数値目標だけを整えようとする。だから、テレビや新聞の取材が入っても、それだけでは本当のところは報道されない。その意味でも、現場の当事者からの生の声はとても貴重である。マスコミも単に広報された情報を伝えるだけでなく、独自の取材力を駆使して現実に鋭く切り込んでほしいものである。